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テキストデータ
制作者のことば
設計概要
滋賀県伊吹町には産業発展を支えたセメント工場が存在する。このセメント工場によって削り取られた無惨な採石場を人間と環境の関係を見つめ直す場として生まれ変わらせる[re-incarnation]。建築プログラムは上部に宿泊、工房、ギャラリー機能、中部に環境学習、宿泊研修機能、下部にミュージアム、レストラン、総合事務機能をもつ建築を配する。伊吹鉱山の内部には縦坑と水平坑が設けられ、ベルトコンベアによって採石したものを運搬している。その既存する坑道内をEVコアに変換させることで異なるレベルの計画地はLINKする。上、中、下部には共通して緑化管理施設を設け、それぞれのレベルから緑化を行う。緩斜面は施設に訪れる人々の手によって緑化を進めるが、最も激しく荒れた斜面は未来に伝える遺産として残す。やがて歴史の象徴である荒れた斜面と坑道の垂直性を残し全てが森に覆われ、人と環境の新しい関係を築き特別な場として生まれ変わる。
テーマと発想の原点
伊吹鉱山を見て単純に、人が自然に対して行ってきた破壊の大きさを実感し、人が環境を考えるきっかけになるのではないかという想いが原点となりました。
創意と工夫
上部と下部の計画地の標高の高低差が700mあり、それぞれの関係性やつながりを考えることに苦悩しました。
作品総数
図面A1:11枚 図面パネル1500×4800(A1:15枚相当)、模型8点、全体模型:1点(1500×1500×1000)、建築模型:7点(900×900、700×1400、700×1200、350×350×4点)
制作日数
2ヵ月半
費用
約30万円
制作を振り返って
御指導頂きました柴田先生、最初から最後まで力になってくれた東君、制作に協力してくれた北井君、馬場君、上田君、西田君、少しでも協力してくれた皆に心から感謝しています。本当にありがとう。
後輩諸君へのアドバイス
自分を信じ、ひたすら悩みながら手を動かすことが1番必要だと思います。扱う問題に対して、建築に『希望や夢』を託してください。
推薦のことば
滋賀県立大学 環境科学部 環境計画学科 環境・建築デザイン専攻教授 柴田いづみ
琵琶湖の北湖は西に比叡山から連なる比良山脈を背景に群青の水を湛える。景観は北に緑の峰を連ねた奥琵琶湖から離れると、東に伊吹山がそそり立つ。この山は、山頂の野草、麓の薬草と自然との共生をはたしてきた山であった。
ところが、1952年から操業を始めたセメント工場の採掘によって、今では、露出された無惨な岩肌をさらすまでに至っていた。2003年には完全に操業を停止するものの、そのキズ跡は、早急には回復する事ではない。実際には緑化の実験も始まってはいるが、今後、多くの知恵とエネルギーを必要とするものである。自然再生をいつの日か経済ベースで捉える事ができる日がくるかもしれないがそれまでは、人々の自発的「参加」という事でしか解決できないと考える。
武田邦康の[re-incarnation]は、それらの参加の場を創造したものである。下部、中部、上部と大きく削り取られた平場には、それぞれのテーマにそった施設を設けるが、下部には、将来ともに緑化再生は望めない急傾斜がある。そこは負の遺産として、その岩肌を存在させ、伊吹山の歴史を考える場となる。琵琶湖を大きく眺望する中部では、宿泊施設を伴う環境学習施設となり、日本海側を望む上部では、文化発信の場としての工房が置かれ、伊吹山からの作品が、社会に自然再生の声を投げかけていく。社会資本のあり方と自然との対置は、彼の作品の中で、ある時は、産業廃墟である縦坑や水平坑を利用し、ある時は自然に対して乱暴ともいえる直線を利用することによって形態化されていく。
ここを訪れる人の自然再生の願いのエネルギーの総体が、これらの施設総体のあり方のエネルギーを上回った時に、伊吹山はあるべき山の姿を取り戻すことになるわけである。卒業制作として、詳細な再生プログラムが力量を発揮していた。